驚愕の事実|藤沢市民は「湘南」と呼ばれるのを嫌がっている──湘南市構想が残した傷跡

湘南コラム
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「湘南に住んでるんだ?いいなー」に対する藤沢市民の本音

東京の飲み会でこう言われたとき、湘南エリアの住民はどう反応するか。

茅ヶ崎市民は「まあね」とサザンの歌でも口ずさみそうな余裕を見せ、鎌倉市民は「うちは鎌倉ですけど」と静かに訂正する。

では、藤沢市民は?

意外かもしれないが、多くの藤沢市民はこう思っている。

「いや、藤沢は藤沢なんだけど」

江の島がある。鵠沼海岸がある。サーフィン発祥の地でもある。人口は44万人を超え、湘南エリア最大の都市。

それなのに──いや、だからこそ、藤沢市民は「湘南」というラベルで括られることに、どこか居心地の悪さを感じている。

20年以上この湘南エリアに住んできた筆者が、この「驚愕の事実」の裏側を掘ってみる。

藤沢市民の「俺らが藤沢」精神

藤沢市民の地元愛は、神奈川県内でもトップクラスに強い。

JR東海道線・小田急線・江ノ電の3路線が交わるターミナル駅。駅前にはオーパ、ビックカメラ、ドン・キホーテ。少し足を延ばせば湘南T-SITEやテラスモール湘南(※厳密には辻堂だが)。日常の買い物から休日のレジャーまで、藤沢市内で完結できるという自負がある。

さらに、江の島という全国区の観光資源を持っている。年間約1,200万人の観光客が訪れ、東京オリンピック(1964年・2021年)ではヨット・セーリング競技の会場にもなった。

つまり藤沢市民にとって、「湘南」は自分たちのアイデンティティの一部ではあっても、全部ではない。

藤沢市民の感覚を一言で表すなら──
「湘南ブランド?ありがたいけど、そもそも俺らが湘南の本体なんだが?」

この微妙なプライドが、「湘南って呼ばれること」への複雑な感情を生んでいる。

「湘南」と呼ばれると、まるで「湘南というグループの一員」にされてしまう。でも藤沢市民からすれば、自分たちは一員どころか中心にいるわけで、わざわざグループ名で呼ばれる必要がない。

これは鎌倉市民が「鎌倉は鎌倉であって湘南ではない」と言い切るのと構造は似ているが、理由が違う。鎌倉は「古都」というもっと強いブランドがあるから湘南に入りたくない。藤沢は湘南の中心にいるからこそ、湘南で括られたくないのだ。

あの「湘南市構想」が火に油を注いだ

藤沢市民の「湘南アレルギー」を決定的にしたのが、2002年に持ち上がった「湘南市構想」だ。

概要はこうだ。

■ 湘南市構想(2002年〜2003年)

平塚市・藤沢市・茅ヶ崎市・寒川町・大磯町・二宮町の3市3町を合併し、人口約97万人の「湘南市」を新設。政令指定都市を目指す──という構想。研究会の会長は平塚市長(当時)の吉野稜威雄氏が務めた。

ポイントは「言い出しっぺが平塚」だったこと。

ここで湘南エリアの住民なら誰でも思うことがある。

「平塚って……湘南なの?

いや、行政区分的には完全に湘南だ。湘南地域県政総合センターも平塚市にある。湘南ベルマーレのホームスタジアムも平塚。湘南ナンバーの登録事務所だって平塚。

でも、世間一般の「湘南」のイメージ──海、サーフィン、サザン、江の島──からすると、平塚は微妙に外れている。部活の大会区分では平塚は「西湘」に分類されることもある。七夕まつりは有名だが、それは「湘南」とは別のブランドだ。

そんな平塚が「湘南市」の旗振り役をやった。

藤沢市民も、茅ヶ崎市民も、そして平塚市民自身も、これに複雑な反応を示した。

「ケンカになる」──湘南市が消えた本当の理由

湘南市構想は、2003年の統一地方選挙で実質的に崩壊した。

平塚市長選では合併反対を掲げた大藏律子氏が推進派の現職を破り当選。茅ヶ崎市の新市長・服部信明氏も合併に難色を示した。2003年5月、研究会はわずか1年半で解散した。

表向きの理由は「各市の合意が得られなかった」こと。

でも、本当の理由はもっと人間くさい

湘南エリアの住民感情を端的に表現した、ある藤沢市民の声がネット上に残っている。趣旨を要約するとこうだ。

「湘南市を作るとなったら、まず市役所をどこに置くかでケンカになる。茅ヶ崎?サザンしかないくせに。平塚?おまえら西湘だろ。藤沢?江の島があるだけで偉そうにするな──って、何を決めてもそうなる」

「結局『湘南』はブランド名であって地域名じゃない。公的に線引きしたら、神奈川の南半分が内戦になる」

……笑い話に聞こえるが、20年住んでいる身としては100%同意である。

藤沢市民は藤沢が一番だと思っている。茅ヶ崎市民も俺たちが本家だと思っている。平塚市民は行政の中心は自分たちだと自負している。

で、お互いに他の市がそこまで好きじゃない。下手すると嫌い。

これが湘南の現実だ。

「平塚も嫌い」の背景にあるもの

湘南市構想以降、藤沢市民の中に「平塚アレルギー」とでも呼ぶべき感情が芽生えた。

もちろん全員がそうではないし、平塚には平塚の良さがある(七夕まつりは本当に素晴らしい)。ただ、湘南市構想の経緯を知る住民の中には、こんな感覚が残っている。

「平塚は、自分たちのブランド力不足を『湘南』の名前で補おうとした」

藤沢には江の島。茅ヶ崎にはサザンと烏帽子岩。鎌倉には大仏と古都のブランド。

では平塚には?──七夕まつり、競輪場、ベルマーレ。悪くはないが、「湘南」のキラキラしたイメージとは少しズレる。

そんな平塚が「湘南市」を掲げた。藤沢・茅ヶ崎の住民からすれば、「うちらの湘南ブランドにタダ乗りしようとしている」と映った部分は否定できない。

これが「湘南市構想のころから平塚も嫌い」という感情の正体だ。

ただし──筆者は茅ヶ崎住民として、この感情は少し不公平だと思っている。

平塚は歴史的に湘南地域の行政中心地だった。商業都市としての厚みもある。「湘南ナンバー」の登録事務所も平塚にある。「湘南」を名乗る資格がないなんてことは、本来ありえない。

問題は、「湘南市」という名前のもとに各市のアイデンティティを溶かそうとしたことにあったのだと思う。

「湘南」は地名じゃない。空気の名前だ

20年以上ここに住んでわかったことがある。

「湘南」は地名ではなく、雰囲気の名前だ。

歴史学者の小風秀雅氏も「湘南という地名は、土地に由来する地名ではなく、一種の雅称である」と述べている。歴史地理的な語源を持たない、いわば「ブランドネーム」なのだ。

語源にも諸説ある。「相模国の南」が転じた説、中国・湖南省の景勝地「湘南」にちなんだ説。江戸時代に大磯の鴫立庵に刻まれた「著盡湘南清絶地」が起源だという説も有力だ。

つまり最初から、「湘南」は誰のものでもなかった

だからこそ、各市が「自分たちこそ湘南だ」と主張し、同時に「湘南なんて呼ばないでくれ」とも言う。この矛盾が、湘南の面白さであり、住んでみないとわからないリアルだ。

湘南あるある:
外の人に対して → 「湘南に住んでます」(使う)
地元同士の会話 → 「藤沢(茅ヶ崎/鎌倉)に住んでます」(絶対に市名)

これが全てを物語っている。

「湘南」は対外的なブランドとしては最高に便利。でも、自分たちのアイデンティティとしては、あくまで「藤沢」「茅ヶ崎」「鎌倉」なのだ。

茅ヶ崎住民から見た、この「騒動」の正直な感想

最後に、茅ヶ崎に20年以上住んでいる筆者の個人的な感想を。

藤沢市民が「湘南って呼ぶな」と思う気持ちは、よくわかる。茅ヶ崎市民だって、実は同じだから。

茅ヶ崎はサザンのおかげで「湘南=茅ヶ崎」のイメージが強い。だからこそ、「湘南」で他の市と一緒くたにされると、「いやいや、うちがサザンの聖地なんだけど」となる。

結局、湘南エリアの各市は「湘南ブランドの恩恵は受けたいが、湘南の名のもとに他の市と混ぜられるのは嫌」という、非常に人間的な感情を共有している。

湘南市構想が失敗したのは、政治的な問題だけじゃない。この土地に住む人間の、強烈な地元愛がぶつかり合った結果だ。

だから「湘南」は、永遠に曖昧なままでいい。

曖昧だからこそ各市が誇りを持てるし、曖昧だからこそ外から人が惹かれてくる。定義した瞬間に、この魔法は解ける。

……と、茅ヶ崎から偉そうに言ってみたが、藤沢市民に言わせれば「おまえらサザンしかないくせに」なのだろう。

それでいい。それが湘南だ。

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