「海が見える家に住みたい」──湘南への移住を考えていたころ、私の頭の中はそれ一色だった。
朝起きたら窓から海。夕方は夕焼けと波音。休日は歩いてビーチへ。そのイメージで物件を探し、なんとか希望に近い場所を見つけて引っ越した。
でも今、数年暮らして正直に言える。「海が見えること」より、「自転車でスーパーに行けること」の方が、日々の生活にずっと効いている。
移住前の自分に言い聞かせたかったことを、そのまま書く。
海が見える物件に住んで、最初の3ヶ月
引っ越してしばらくは、たしかに最高だった。
窓から見えるのは、木々の合間にちらりと光る水平線。「海ビュー」と呼ぶには少し無理があるが、それでも海の近くにいるという実感があった。潮の匂いが風に乗ってくる。夜は静かだ。
ところが、だんだん「別のこと」が気になりはじめた。
スーパーが遠い。
海沿いのエリアは、駅前と比べるとスーパーの数が少ない場所も多い。実際、私が住んでいた場所も最寄りスーパーまで自転車で15分ほどかかった。しかも坂がある。重い荷物を積んで帰る道が、じわじわとストレスになっていった。最初の3ヶ月は「まあ、慣れれば」と思っていたが、慣れなかった。むしろ、週3回の買い物のたびに「これ、なんかしんどいな」という感覚が積み上がっていった。
「海が見える」は非日常で、「スーパー」は日常だ
これが、私が気づいた一番大事なことだ。
海の景色は、感動する。でも毎日見ていると、不思議なことに「景色」として意識しなくなる。人間の感覚はすぐ慣れる。移住から半年も経つと、窓の外の景色を「確認する」ことすらなくなっていた。
一方で、スーパーへの距離は慣れない。月曜も木曜も土曜も、買い物は発生する。雨の日も、疲れた夜も、体調が悪い日も。「今日はちょっとしんどいから、景色でも眺めるか」とはならない。食材は買いに行かないといけない。
移住前は「週末の過ごし方」をイメージして物件を選びがちだけれど、実際に生活の質を左右するのは「平日の朝・夜をどう過ごすか」だと思う。
湘南エリアで暮らし始めてわかったのは、「海に近い」と「日常が便利」は必ずしも重ならないということ。海沿いのエリアは、地形の関係で商業施設が少ない場所も多い。駅から離れたり、海側に出たりするほど、スーパーやドラッグストアの数は減っていく傾向がある。
自転車圏内にスーパーがある、という豊かさ
その後、事情があって引っ越すことになった。今の家は海は見えない。窓から見えるのは、住宅と電線と、少しの空だ。
でも、自転車で5分以内にスーパーが2軒ある。
これが、思いのほか生活を軽くした。
夕方「今日は何にしようか」と思いながら自転車をこいで、その日の気分で食材を選んで帰ってくる。重い荷物も、5分なら大した話じゃない。ちょっと足りないものが出たら、また行けばいい。そのくり返しが、日々の小さなストレスをなくしてくれた。
「豊かな暮らし」って何だろう、と考えると、私にとっては「選択肢の近さ」なのかもしれない。海が見えるかどうかより、今日食べたいものを気軽に買いに行けるかどうか。
湘南の物件探しで、私が今なら最初に確認すること
これから湘南への移住を考えている人に、正直に伝えたいことをまとめる。
① スーパーまでの「自転車距離」を必ず測る
Googleマップの「自転車ルート」で所要時間を確認する。目安は片道7分以内。10分を超えると、雨の日や荷物が多い日にじわじわ効いてくる。帰りのルートに坂があるかどうかも要確認。
② 「週末の自分」ではなく「平日夜の自分」で考える
仕事帰りで疲れた夜、買い物して、夕飯作って、という流れを頭の中でシミュレーションする。「土日に海でのんびりできれば多少不便でもいい」と思っていても、平日の疲労感の方が生活の「地」になる。
③ 海までの距離は「徒歩何分」より「行く気になる距離」で測る
徒歩15分でも、気軽に行けると感じる人もいれば、「ちょっと遠い」と感じて行かなくなる人もいる。内見のとき、実際に歩いてみることをすすめる。「これなら気軽に行けそう」と感じるかどうか、感覚で確かめた方がいい。
④ ドラッグストアと自転車屋の場所も確認する
地味だが、湘南は塩風が自転車を痛めやすい。定期的なメンテナンスが必要になるので、自転車屋の場所も頭に入れておくと後で助かる。
それでも、湘南に住んでよかったと思う理由
後悔の話ばかり書いたけれど、湘南を離れたいとは思っていない。
空気が違う。光が違う。休日、自転車で海の近くまで走って、砂浜でぼんやりする時間は、東京にいたころには考えられなかった贅沢だ。子育て世代が多いからか、街全体のゆったり感が心地よい。
ただ、「どこに住むか」の判断軸が変わった。
移住前は「海に近い=理想の暮らし」と直結させていた。今は「日常のベースを整えた上で、海にアクセスできる」が正しい順番だと思っている。
湘南で心地よく暮らしている人の多くが、実はそのバランスをうまくとっている。海は「行けばある」でいい。スーパーは「毎日使える場所」にある方がいい。
そのことに、住んでから気づいた。移住前の私は海を探していた。でも実際に暮らし始めると、探していたのは「毎日が少し楽になる場所」だったのかもしれない。
なおのひとこと
物件の内見で「海が見える!」と興奮したとき、私はそこで判断を止めてしまった。もし今また物件を探すなら、最初にスーパーへの自転車ルートを確認して、その後で海への距離を調べる。それが、湘南での暮らしを長続きさせるコツだと思っている。

