武田薬品で現実味を帯びた村岡新駅。それでも2032年に本当に必要なのか

湘南コラム

藤沢駅と大船駅の間に、新しい駅ができる。

「村岡新駅(仮称)」だ。

2032年ごろの開業を目指して、すでに工事は始まっている。JR東日本にとって東海道線では約100年ぶりとなる新駅で、いよいよ計画ではなく現実の駅になりつつある。

でも、この駅の話を追っていると、どうしても一つ引っかかる。

そもそも村岡新駅は、何のためにつくる駅だったのだろう。ちがさき在住の私なりに、経緯と数字を整理してみた。

「武田薬品のために始まった」は、正確には少し違う

ここは最初に整理しておきたい。

村岡新駅そのものの構想は、武田薬品が来るよりずっと前からあった。

1985年に国鉄湘南貨物駅が廃止され、その翌1986年、村岡地区自治町内会連合会が新駅設置などを求める請願を藤沢市議会に提出。全会一致で採択されている。

つまり、新駅構想の出発点は1986年だ。

ただし、その後しばらく大きく動かなかった計画が、一気に現実味を帯びた転機がある。2006年の武田薬品工業の研究所進出だ。

構想の流れを整理すると

  • 1986年:村岡地区から新駅設置の請願、藤沢市議会で採択
  • 2006年:神奈川県が武田薬品工業の新薬研究所を誘致、新駅構想が現実味を帯びる
  • 2011年:武田薬品湘南研究所が開所

だから、「武田薬品のためだけにつくられた駅」と断定するのは正確ではない。

でも、「武田薬品の進出が、新駅を動かした非常に大きな材料だった」。これは間違いなさそうだ。

私はここを分けて考えた方がいいと思っている。

ところが、その武田薬品の姿が変わった

2011年、武田薬品の湘南研究所が開所した。巨大な研究拠点が村岡にでき、周辺には研究者や関連企業が集まる。新駅をつくる理由としても分かりやすかった。

ところが2018年、状況が変わる。武田薬品は自社研究所を外部企業にも開放し、「湘南ヘルスイノベーションパーク」、現在の湘南アイパークへ転換した。

さらに2023年には、施設運営も武田薬品から独立したアイパークインスティチュートへ承継された。土地・建物についても現在は産業ファンド投資法人が信託受益権を保有している。

昔のような、「巨大な武田薬品研究所がそこにある」という単純な構図ではなくなった。

ただ、ここも少しややこしい。武田薬品が完全に消えたわけではないし、湘南アイパーク自体が衰退したわけでもない。

なおのひとこと
藤沢市の資料を見ると、2026年時点で湘南アイパークには約220の企業・団体が集まっているとされている。むしろ施設としては、武田一社の研究所だった時代より「街との関係」は広がっているとも言える。だから話は簡単ではない、というのが正直な感想だ。

それでも「最初の前提が変わった」という違和感は残る

ここが今回、一番書きたかったところだ。

武田薬品の研究所が来る。研究者が増える。企業が集まる。交通需要が増える。だから新駅をつくる。2000年代にはかなり分かりやすいストーリーだった。

ところが20年近く経った今、その前提そのものが変化している。人口構造も変わった。テレワークも広がった。企業の働き方も変わった。武田薬品の研究所は湘南アイパークという別の形になった。

それなのに、駅だけは当時の延長線上で2032年へ向かっている。少し変な感じがする。

もちろん行政側も、現在は武田薬品一社を新駅の理由にはしていない。村岡・深沢地区を一体開発し、研究開発拠点、住宅、公共施設、交通結節点などを含めた新しい都市拠点をつくる、という説明に変わっている。

駅をつくる理由そのものが、「武田薬品へのアクセス」から「村岡・深沢という新しい街をつくるための駅」へ変わったように見える。これは結構大きな変化だと思う。

そして155億円

もう一つ無視できないのが、お金だ。

村岡新駅の設置工事について、2024年に神奈川県、藤沢市、鎌倉市、JR東日本が結んだ協定額は155億円。

費用負担の内訳(工事等155億円)

負担者 負担割合 概算額
神奈川県 30.0% 約46.5億円
藤沢市 27.5% 約42.6億円
鎌倉市 27.5% 約42.6億円
JR東日本 15.0% 約23.3億円

つまり、駅そのものについては85%を自治体側が負担する。

しかも駅だけではない。藤沢市側では自由通路の協定額として約18.7億円も示されているほか、区画整理、道路、公園など周辺整備も別に進む。

注意しておきたいこと
「155億円の駅」とだけ見ると、この事業全体の大きさを見誤る。自由通路や区画整理、道路・公園整備まで含めると、投じられる公費の総額はさらに大きくなる。

では、それに見合う利用はあるのか。神奈川県など沿線の自治体は、新駅の1日平均乗降人員を約6万5000人と試算している。ただ、今の村岡にそれだけの人が乗り降りする姿は想像しにくい。私はこの数字を、村岡・深沢のまちづくりが進んだ先の姿を含めた見込みとして読んでいる。だからこそ、その前提がどこまで実現するかが大事になる。

工事はいまどこまで進んでいるか(2026年10月に確認できた範囲)

  • 2024年10月:準備工事に着手
  • 2025年1月:起工式を開き、本格着工
  • 2026年:新駅ホームのスペースを確保するため、貨物線の線路切換を予定(藤沢市の広報資料)
  • 2026年1月のまちづくり協議会では、2032年開業予定に変更はなく順調に進んでいると説明

大船-藤沢は、もともと4分程度

反対意見で繰り返し出てくるのがこれだ。

大船駅から藤沢駅までは現在、東海道線でわずか数分。その間にもう一駅必要なのか。

藤沢市が公開した都市計画に対する意見でも、次のような声が実際に出ている。

寄せられている懸念の声

  • 大船―藤沢間に新駅をつくる必要があるのか
  • 駅をつくるよりバス網を整備した方がいいのではないか
  • 藤沢駅以西の利用者の所要時間が増える
  • 人口減少局面で大規模投資を続ける必要があるのか

これは単純な「開発反対」では片付けにくい。

茅ヶ崎、辻堂、平塚方面から毎日東京方面へ通勤している人からすれば、村岡駅を利用することはない。でも列車は停まる。数十秒か1分程度かもしれない。ただ、それが毎日の往復になる。

新駅の恩恵を受ける人と、時間だけを負担する人が別になる可能性がある。湘南側から見ると、ここはかなり気になる。

一方で「今だから必要」という考え方もある

逆の見方もできる。

湘南アイパークには現在約220の企業・団体、約3500人が集まり、すでに一企業の研究所ではなく、多数の企業・大学・研究機関などが集まる施設になっている。近くには湘南鎌倉総合病院もある。

さらに鎌倉市深沢地区では大規模なまちづくりが進む。村岡と深沢を一体化して考えるなら、「駅がない場所に街をつくる」より、「駅を中心に街をつくる」方が公共交通中心の都市として合理的だ、という考え方も成立する。

期待は数字にも少し表れ始めている。2026年の地価公示では、湘南深沢駅に近い住宅地が前年比5.6%、商業地が7.2%上がった。ただし鑑定評価では、再開発の効果はまだ人の流れや賃貸需要には表れていないとされている。今の地価は、街ができる前の「期待」の段階だと見ておいた方がよさそうだ。藤沢市は2026年度に、新駅前で研究開発機能を核にした官民連携事業の事業者公募を予定している。

藤沢市も、新駅を単なる交通施設ではなく、研究開発拠点や都市機能を誘導するための核として位置づけている。

実はここが村岡新駅の本当の論点なのかもしれない。今いる人の需要だけを見れば「本当に駅が必要?」となる。これから街をつくるための先行投資だと考えれば、話は違ってくる。

村岡新駅(仮称)40年の経緯を示す年表。1986年の請願から2032年の開業予定まで
村岡新駅(仮称)の主な経緯(各種公表資料・報道をもとに湘南リアルが作成)

私が気になるのは「必要か不要か」より、前提をもう一度検証したのかということ

私は新駅そのものに反対というわけではない。新しい駅ができれば、村岡周辺が便利になるのは間違いないだろう。街も大きく変わる。不動産価格にも影響するだろうし、新しい店や企業も来るかもしれない。ちょっと見てみたい気持ちもある。

ただ、1986年から40年以上かけて進んできた計画だからこそ、一度立ち止まって数字を見直す必要はないのだろうか、とも思う。

武田薬品の進出で新駅構想が現実味を帯びた2006年。湘南アイパークへ変わった2018年。新駅設置で合意した2021年。そして2032年。同じ村岡新駅という名前だけれど、その間に周辺を取り巻く環境はかなり変わった。

なおのひとこと
「昔決めたからつくる」では弱い。逆に、「これから村岡・深沢にこれだけの人と企業を集める。そのため155億円を使ってでも駅をつくる」というのであれば、その数字をもっと見せてほしいと思う。6万5000人という試算は、何を前提にした数字なのか。どれだけ企業が来るのか。税収はどれだけ増えるのか。藤沢駅や大船駅、さらに辻堂方面にはどんな影響が出るのか。そこまで見えて初めて、2032年の村岡新駅が本当に必要なのかを判断できる気がする。

工事はもう始まっている。たぶん駅はできる。だからこそ今問うべきなのは、「村岡新駅をつくるか、つくらないか」だけではない。「誰のための駅にするのか」なのだと思う。

40年前に始まった新駅構想。武田薬品の進出で大きく動き、武田薬品の研究所の姿が変わった後も、計画は2032年へ向かって進み続けている。

完成したとき、「やっぱりここに駅をつくってよかった」と湘南の人たちが思える駅になっているのか。まだ、その答えは出ていない。


出典・参考

※負担額の内訳(億円単位の概算値)は協定に示された負担割合(155億円)をもとに編集部で計算したものです。統計や見込み数値(利用者数試算・地価など)は各報道・行政資料の時点のものであり、今後変更される可能性があります。2026年10月25日に、工事の進み具合・利用者数の試算・地価の動きを追記しました。

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